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■講演会「リニア中央新幹線の現状と、南アルプスの自然・地域への影響」

講師:宗像 充さん(むなかた みつる、ライター。長野県在住)
日時:2017年3月21日(火)
会場:地球環境パートナーシッププラザ(東京・渋谷)
主催:日本環境ジャーナリストの会

3000㍍級の山々が13峰も連なる南アルプスは、ウォルター・ウェストン(英国の登山家)が「日本のアルプス」と世界に紹介した登山のメッカです。山脈南部には道路や送電線などの人工物がなく、ウェストンが登った明治時代さながらの景観が残ります。そこにリニア中央新幹線のトンネルが掘られ、工事村も生まれつつあります。南アルプスに住む宗像さんが指摘した主なポイントは以下3点です。

  • リニアは未確立で、しかも電力大量消費の技術であること。超伝導磁石で車体を浮かせるリニア新幹線は、現在の新幹線の3倍以上の電力を使う。しかも磁界が切れる現象で実験に何度も失敗している未確立の技術でもある。
  • 乗客と水脈の両方に危険なトンネルになること。多くの活断層をまたぐため、大地震の際はトンネルからの脱出が困難になる。全体の9割弱が南アルプスの山々を貫くトンネル区間となるため、大井川などの水脈を分断する恐れが高いこと。
  • 多額の公的資金と国費が投入されつつあること。JR東海という民間企業の事業にもかかわらず、公的資金(3兆円)の投入、不動産取得税の免除、無担保での財政投融資の実施が昨年決まったこと。

宗像さんは、雑誌の取材(2012年)が縁で、地元で暮らす女性と結婚し、長野県下伊那郡大鹿村に移り住みました。同村で300年以上続く大鹿歌舞伎は、国の重要文化財に指定されています。それを題材にしつつ、リニア新幹線で揺れる村を描いた映画『大鹿村騒動記』(2011年公開)は、原田芳雄の遺作となりました。
なお、宗像さんは、「南アルプスを生きる」(宗像充、月刊「山と渓谷」2016年6月号~)でも、南アルプスとリニア中央新幹線の問題を紹介しています。

2017_munakata-1 大鹿村の中心部から見る赤石岳

2017_munakata-2 建設中のリニア実験線

2017_munakata-3 周辺工事が進む本体工事現場

(写真は3点とも宗像氏提供)


■2016年秋、
環境ジャーナリスト講座2016「ジャーナリストの選ぶ・調べる・伝える技術」を開催

詳細は「セミナー/勉強会」のページに移しました。

■2016年9月11日、
講演会「水俣と福島の間。何故、水俣に学べなかったのか」を開催

今年は水俣病の公式確認から60年、そして東京電力福島第一原発事故から5年になります。両者に共通するのは惨事の予兆があり、軌道修正できる機会が多くあったのに隠蔽されたまま資本の論理がまかり通り、多くの人の命や健康、豊かな自然と地域社会が失われたことです。産官学で守ろうとした企業自体も大打撃を受け、補償・被害額の増大によって国民負担は膨らみ続けています。水俣病の教訓をきちんと学んでいれば、「フクシマ」の惨事を避けることもできたのではないでしょうか。過去に学ぼうとしない日本社会の構造はどこに由来するのでしょうか。
日本環境ジャーナリストの会と立教大学ESD研究会はこうした問題意識を背景に9月11日、講演会「水俣と福島の間、何故、水俣に学べなかったか」を立教大学池袋キャンパスで開催しました。講師の水俣病の民衆史(全6巻)の著者、岡本達明氏(元チッソ水俣工場第一組合委員長)は「患者闘争が勝利で終わったとしても、壊された環境・地域社会は二度と復元されることはなく、命も体もかえってこない。公害は金では解決しない。結論として、公害企業は犯罪に見合う責任をとることはなく、またとることはできない」と熱く語り、多くの出席者に深い感銘を与えました。聞き手は石井徹・朝日新聞編集委員がつとめました。

岡本達明(おかもと・たつあき)氏 1935年東京生まれ。第二次大戦中は長野県松本市に疎開。57年東京大学法学部を卒業して新日本窒素肥料株式会社入社。70~78年チッソ水俣工場第一組合委員長。90年チッソ株式会社退社。編著書 『近代民衆の記録7 漁民』(新人物往来社、1978年)、『聞書 水俣民衆史』全5巻(松崎次夫と共編、草風館、1989年~90年、90年度毎日出版文化賞受賞)、『水俣病の科学』(西村肇と共著、日本評論社、2001年、01年度毎日出版文化賞受賞)

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当日の講演要旨を掲載します。

■「水俣病の民衆史」著者・岡本達明氏の講演会要旨 

――水俣病は公害の原点。岡本さんがチッソの社員でありながら水俣病の患者を支援し、「水俣病の民衆史」を書きあげたのはどういういきさつですか。

岡本達明氏 敗戦は10歳の時、長野県松本市で迎えた。戦争中は鬼畜米英と貼り紙した藁人形を竹槍で突かせられるなどした。負けたとたんに、教科書はスミを塗り真っ黒になり、担任の教師は「俺が教えていたことは間違っていた」と土下座して謝った。「威張っていた上の方は一晩でひっくり返る」と心に焼き付いた。そうした原体験があったことから東京大学法学部を卒業時に「上の方に行っても大したことはない、大事なのは下の方。日本の社会の基底を一番下まで掘り下げたらどこに行くのか知りたい」と工場を足掛かりにすることにした。九州に工場があるということで、たまたまチッソに入った。1957年入社で、前年5月の水俣病公式確認のことは全く知らなかった。

工場は従業員3500人、下請けを入れると5000人という大工場。大卒の新入社員の独身寮は幹部社員の社宅と同じところにあった。身分制の強い会社で、労働者にとっては大学出の新入社員は別人種で相手にしてくれない。夜は幹部社員の家に遊びに行くか、幹部社員用クラブで遊ぶかしかなかった。これでは工場のことは分からない。手がかりを求めて組合の青年婦人部の読書サークルに皆勤していると、その帰りに見知らぬ男が声をかけてきた。「君が岡本君か、俺は谷川雁だ。これから家に来ないか」。谷川雁さん(詩人、評論・教育運動家)の家で、石牟礼道子らと知り合った。石牟礼さんは普通の主婦で、後に『苦海浄土』で有名な作家になるとは思いもしなかった。雁さんに物事をどう見て、どう考えるかという一番基本的なことを教わった。

雁さんはチッソにとって危険人物とされ、雁さんのところに出入りしていることが会社にばれ、1年半で大阪事務所に転勤させられた。そこで水俣出身の女性工員たちのサークルを作ったが、それもばれて今度は東京本社に飛ばされた。チッソが私を社員として扱ったのはここまでで、東京本社ではもう雑用しかさせてくれない。サークル活動でつながりができた守山工場(滋賀県)の労働争議で、第一組合の応援に行ったら、それもばれて62年には福岡営業所に飛ばされた。

この年の7月、チッソは総評・合化労連傘下の水俣工場労働組合つぶしと大量首切りを狙って第2組合をつくり、183日間の無期限ストとロックアウトという大争議になった。私は福岡営業所にいながら第1組合に加入、64年夏には立候補して専従執行委員になった。専従執行委員は工場内のどこにでも行ける権限を持っている。工場内をせっせと回ったが、いくら作業を見ていてもさっぱりわからない。化学工場は装置内で化学反応が進行し、それに従って作業が行われる。だから、知識がなければ化学工場の労働は理解できない。必死に組合員に教わった。水俣という土地も簡単に分からない。水俣で「一番ガラの悪いところはどこ?」と聞いて、そこに家を借りて住んだ。組合の役員は夜分担して組合員のいる地区に入り、そこで組合員と母ちゃんたちに集まってもらい生の声を聞いた。工場と水俣についておおよそ理解するのに3年かかった。

初心を具体化するにはどうすればいいかを考えた。村と工場をキーワードにして、工場が立つ前の村はどうだったのか、その村が工場によってどう変わっていったのか、それを聞き書きによって記録化。民衆史をライフワークにしようと思った。水俣病のことは頭にあったが、すでに終息したという熊本大学研究班の発表を鵜呑みにしていた。65年に新潟水俣病が発見されて患者側が提訴した。そうした動きもあって68年初めに水俣病市民会議が結成され、患者支援に取り組み始めた。第1組合の労働者はかつての大争議以来チッソと闘い続けてきて、会社からの人間的自立を果たしていた。労働組合の社会的債務は何なのか、同年8月の組合員大会で「水俣病と闘わず、患者を支援しなかったのは人間として労働者として恥」という“恥宣言”を満場一致で採択、組合員有志は市民会議に参加した。私の民衆史構想も変えざるをえなかった。水俣の地域史は住民が工場によって生活していく物語と、その工場が自然を破壊し住民を殺傷していく物語からなるが、その全部を書かなければ民衆史とは言えない。民衆と生活を共にし、民衆自らの語りで構成しなければならないと思った。

この年の9月、政府は水俣病を公害認定した。

――公害をばらまく企業が労働者を大切にするとは思えない。水俣工場の技術や労働はどういうものでしたか。

岡本氏 実験室でどうすれば製品ができるかを研究し、うまくいけばパイロット工場を作って様々な問題を解決してから、本プラントを作るのが普通のやり方。しかし、チッソはいきなり本プラントを作ってしまう。手順を追って安全なやり方をするのではなく、まず作って不具合があれば改良したほうが早くて経済的という考え。毒ガスが噴出したり、爆発が起きても構わないという人間性無視の考え方だ。

57年に稼働した加里(カリ)編成工場を例にとって説明する。塩化カリという鉱石から化学肥料の原料となる硫酸カリと、塩化ビニールの原料となる濃塩酸を同時に生産する画期的工場という触れ込みだった。しかし、工場ができて試運転すると大変なことになった。混合した原料をチェーンコンベアで運ぶのだが、その間も塩素ガスが発生するからチェーンコンベアは密閉した箱に入れてあった。実験室では原料はサラサラした粉でうまくいったが、4トン(1時間当たり)も運ぶとなると自動計量器がうまく作動せず、鉱石には不純物も多いこともあってベトベトした粘土のある泥となりチェーンの下に入り込みチェーンが浮き上がって運べない。普通なら設計をやり直すところだが、組長(工員の親分)は人間で何とかしろと命令。箱を壊して塩素ガスがもうもうとする中、人間がチェーンに乗って押さつけることで運んだ。4、5人ずつ交代で乗り、2、3分乗っては飛び降りて次と交代する。頭からビニール袋をかぶって首のところを握るが、息ができない。ズボンの裾を縛って長靴をはくが、それくらいではガスが入ってくるのを防げない。金玉とか皮膚の弱いところは皮がむけてしまった。この人間コンベアは1年半後にシステムを改良するまで続いた。

他にもトラブルが相次いだ。変成炉から漏れないはずの塩素ガスが漏れる。攪拌機の羽根がしょっちゅう折れ、その修理に工員が炉の中に入って固まった半製品を鉄棒などで突き崩して出すが、その際にまた塩素ガスが出てくる。防塵マスクをして雨合羽を着て作業するが、汗で塩素ガスが塩酸になり皮膚がジカジカする。最初、加里変成工場は壁も窓もあった。外の空気を吸わないと持たないと、工員が壁や窓を打ち破って全部取っ払ってしまった。今度は塩素ガスが工場周辺に流れて、住民が「俺たちを殺す気か」と工場に押し掛けてきた。工場長に組長が何とかしてくれと頼むと、工場長は「君、塩素ガスは毒になるより薬になる。薬品の原料にもなるのだから」と言い放った。その状態で塩化ビニールの増産に伴って工場を大きくしていったため、塩素ガスの噴出は続き、労働者にとっても住民にとっても地獄の工場であり続けた。

―最初に水俣病を発症したのは漁師とその家族。漁師は水俣の中でどういう存在だったのですか。

岡本氏 水俣市漁協は共同漁業権を7集落で地区割り。船津は細川藩時代からの漁師集落だが、湯堂、茂道などの6集落は明治維新以降に天草などからの移住民が作った新興漁村。戦前の船津は百姓との通婚は一切なく、集落内でしか結婚できない。百姓の古老は、彼らは言葉も顔つきも(百姓とは)違うと言う。漁師をフナト、あるいはカラフナトと呼ぶ(カラは唐を当てるのだろう)。新興漁村は百姓集落と通婚はあったが、漁師はおしなべて貧乏だった。

船津は漁業専業。新興漁村は漁師だけでは飯を食えないから、1畝でも2畝でも借りたり拓いたりして畑をつくるか、家族が水俣工場の工員になったり下請けに行ったりして毎月給料を稼いでくるという生活。半漁半農または半漁半サラなら上の部だった。水俣弁で怠け者をフユジといい、「漁師はカラフユジ」と村人は言った。「あいつらが水俣病になったのは貧乏で食うものがなく、腐った魚を食ったからだ」という俗説が長く残る。

天草の漁村、百姓集落を回った。郷土史家と老婆の話を聞いて、農村と漁村の本質的な違いを理解した。日本は農業国であり、農民は多数民で漁民は少数民だった。水俣や天草の漁民への蔑視は、多数民による少数民に対する本質の違いの表現そのものであろう。水俣病患者差別の一番深い根もここにある。

――水俣病はチッソによる組織犯罪。公害に対して企業はどう責任をとったのか、またとりえるのでしょうか。

岡本氏 56年5月に水俣病が公式確認されたが、チッソは水俣工場が原因であることを否定し、何の排水対策も取らず、被害を極限まで拡大させた。59年に熊大研究班の有機水銀説が発表されると直ちにこれに反論、「駅弁大学」と誹謗さえした。細川(一・チッソ水俣工場付属)病院長のアセトアルデヒド工場廃水を猫に投与した実験結果も秘匿し、通産省や熊本県と組んで人権無視の見舞金契約を患者に押し付けた。年金大人10万円、子供3万円、将来チッソの工場廃水が原因と分かっても新たな補償金要求は一切行わないという内容。

68年に政府は水俣病を公害認定し、水俣病はチッソ水俣工場の排水が原因とようやく認めた。旧認定患者と新認定患者のチッソに対する補償闘争が起きる。これに対してチッソは両者とも自分の意になる一派をつくり、患者団体を分裂させた。旧認定患者で闘ったのが訴訟派、新認定患者で闘ったのが自主交渉派。2つの闘争は別々に行われたが相乗効果を発揮し、チッソがいかに反社会的企業であるかを社会に知らしめた。

患者たちはチッソの経営者たちを組織人間としては見なかった。交渉で「殺された親を、子供を返せ。自分の体を返せ」と迫った。だが、命も体も戻らないから、代わりに金を出せと。人間として答えろ、と。一方、チッソの社長、重役たちは組織人間。「会社の経営は苦境の最中にあり、これからどれだけ認定患者がでるか分からないから要求には応じられない」と頭を下げるだけ。組織人間といっても彼らも人間だから、おどおどし、顔は青ざめ引きつっていた。そこにいるのは人間の尊厳などこれっぽっちもない卑屈なおじさんたちだった。

大きな犯罪は必ず組織犯罪として起こる。その組織犯罪は極悪人でも何でもない、ただの会社人間によって引き起こされる。そして会社人間たちがつくる組織は止めどがない反社会企業になりえるのは事実だ。水俣病の患者たちは年金を含め、要求のほとんどを勝ち取った。ただ患者の闘争が勝利したからといって壊された環境は二度と復元されることはなく、命も健康もかえってこない。公害は金では解決しない。結論として、公害を引き起こした企業はその犯罪に見合う責任をとることはなく、またとることもできない。公害は起こしたが最後で事前に防止するしかない。チッソの水俣病は東電の原発事故で再現されてしまった。現在の社会や技術や法体系は繰り返し起こされる公害に対応できなくなっている。ではどうすればいいのか、という根本問題が私たちに突き付けられている。

(文責・滝川)

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開催当日はご来場いただきありがとうございます。会場からのご要望がありましたので、当日使用したパワーポイント資料を掲載します。
なお、14時開場14時30分開催とすべきところ、誤って14時開催とご案内してしまいました。改めてご来場の皆様にお詫びします。

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(注:9/20 パワーポイント資料を修正しました)

以下、開催要項を残します。

講演会「水俣と福島の間。 何故、水俣に学べなかったのか」
――『水俣病の民衆史』著者・岡本達明氏に聞く――

講演者:岡本達明・元チッソ水俣工場第一組合委員長(著書:『水俣病の民衆史』全6巻他多数)
モデレーター:石井徹・朝日新聞編集委員

日時:2016年9月11日(日)14:00~17:00
場所:立教大学 池袋キャンパス7号館1階7102教室
(東京都豊島区 西池袋3丁目34−1 池袋駅西口より徒歩約7分)
資料代:500円

*下をクリックするとチラシ(pdfファイル)がダウンロードできます。
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共催:
日本環境ジャーナリストの会、立教大学ESD研究所、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業「ESDによる地域創生の評価とESD地域創生拠点の形成に関する研究」(研究代表者・阿部治)、立教大学ESD地域創生研究センター設置準備室
*ESD:持続可能な開発のための教育


■2016年7月の「海洋研究開発機構」見学会

7月28日の見学会は、深海を探査・研究している国立研究開発法人「海洋研究開発機構」(JAMSTEC)本部(神奈川県横須賀市)を会員11名が訪問。死んで海底に沈んだクジラが育む生物群集などを研究している藤原義弘・海洋生物多様性研究分野長代理に話を伺ったほか、深さ6500mまで潜れる有人潜水調査船「しんかい6500」、海底広域研究船「かいめい」を見学した。
JAMSTECは海洋~大気間、海洋~陸域間、熱帯域~極域間のエネルギー・物質の交換を観測することで温暖化など地球環境変動を予測する手法を研究中。また、地震・津波監視システムを東南海・南海地震想定震源域の紀伊半島~四国沖に展開して地殻変動をリアルタイムで観測している。さらに、謎が多い深海の生物圏を探査して、高圧・暗黒・低温という極限環境における生物多様性とその成り立ちの解明を進めている。レアメタルやメタンハイグレードなど海洋資源の探査、回収技術の開発も重要な課題として取り組んでいる。

〈藤原・海洋生物多様性研究分野長代理のお話(要旨)〉
全世界の海の平均水深は富士山の高さ(3776m)とほぼ同じ3729mとかなり深い。水深が1000m未満までは(眼を大きくするなどして)光を感じることができるが、それより深くなると(生物として光が感じられないので)眼が小さくなり、自ら発光器官を持つ魚が多くなる。光が届かない深海では植物が光合成できないのでエサ不足が深刻で、なんでも飲み込むため大きな口を持っていたりオスがメスに合体する奇妙な生物がいる。深海の1m四方の堆積物に住んでいる生物は数g(1円玉数枚)程度しかいない。
海の表層では植物プランクトンが太陽光によって光合成を行い、それを動物プランクトンが食べ、さらに小さな魚、大きな魚が食べる。こうした生態系の食物連鎖の中に太陽のエネルギーが流れている。光合成ができない深海の生物のエネルギー源は表層の生物の死骸などが沈むマリンスノーだが、それは表層のエネルギーの数%程度。深海では生物の数そのものは少ないが、生物多様性は豊かだということが最近分かってきた(栄養が豊かだと一種類の生物が圧倒的に多くなったりする)。
もう一つ、1977年にガラパゴス諸島の沖の水深2500mのところで熱水噴出孔とその周りに噴出する莫大な熱水噴出孔生物群集が発見され、シロウリガイなどで1m四方に数十kg程度にもなった。一般的な光合成ではなく、ここでは硫化水素がエネルギーの源で、化学合成バクテリアが硫化水素から有機物を生み出している。熱水噴出孔はプレートが沈み込む場所等に集中しており、地球の活動と密接に関係している。
2003年から海底に沈んだクジラが育む「鯨骨生物群集」を研究している。クジラの死体が沈むとまず腐肉を食べる生物が集まり、骨が露出すると骨を食べる生物が集まり、骨が腐って硫化水素が出る段階になると化学合成バクテリアを体内に共生する生物が集まる。この間、数十年~100年以上になり、何世代も鯨骨に依存することで生物進化につながる。
課題は、深海における生態系のトップ・プレデター(頂点捕食者)がまだ分かっていないこと。陸域では頂点捕食者による生態系全体へのトップダウン・コントロールの研究が進んでおり、私たちは相模湾で生態系のピラミッドが何段あるか、トップ・プレデターは何かの研究を始めたところで、そのための新機材も開発中だ。深海の生物の美しさ、多様さ、時にはユーモラスな生態を多くの人に知ってほしいと思っている。

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IMG_2401IMG_2396藤原氏によるレクチャー

IMG_2403シートピア計画の海中作業基地

IMG_2412有人潜水調査船「しんかい6500」

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IMG_2432IMG_2433IMG_2441 耐圧殻を覗く。人員が乗るチタン合金製の球体部分で、1センチ四方当たり680キロの水圧に耐える

IMG_2449 海底広域研究船「かいめい」のパワーグラブ(海底からサンプルを採取する装置)。必要に応じて装備を載せ替える

IMG_2452今年竣工した海底広域研究船「かいめい」に乗船。海底資源調査のほか、気候変動研究や地震・津波からの防災研究も行う

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IMG_2475艦橋は海産哺乳類の監視室



■2016年の総会、理事会及び6月の研究会

今年度の総会、理事会、及び6月の研究会を開催しました。
日 時◆2016年6月29日(水)
総 会 19時~19時25分
勉強会 19時30分~20時45分
場 所◆地球・人間環境フォーラム ミーティングスペース(蔵前)

<理事会、総会>
理事会 出席者6名、委任状8名、以上14名で、理事会は成立。
総 会 出席者9名、委任状16名。以上25名で、定足数(会員の5分の1以上)を満たし、総会は成立。
•    議案1(2015年度活動報告) 報告書内容を確認。
•    議案2(2015年度収支報告及び2016年度予算案) 承認。
•    議案3(理事の退任、新任案) 承認。滝川理事の役職は変更。
•    講演会、連続講座について
講演会は、佐藤会長時代に実施された「アーカイブ」企画の様式に沿って行うこととなった。
連続講座に関しては、事前に配布した資料から講師、日時、場所で進展あり。今後、実施体制づくりに入る。
•    今後の研究会予定 海洋研究開発機構(JAMSTEC)横須賀研究所の視察など予定はあるが、担当者欠席のため説明は行わなかった。
•    会員証発行 希望者には、会員証を発行する。

<6月の研究会>
「北極の氷床を往く」(佐藤淳・読売新聞社編集委員)
世界平均より早いペースで気温上昇が続き、氷床の縮小が続くグリーランド最北端の集落、カナック村(人口600人、グリーンランド)の自然、暮らし、産業の変化を説明した。昨年7月初旬の取材がもとになっており、写真と記事は読売新聞紙上で連載された。

■2015~16年(5月以前)の研究会

■2016年5月の研究会
テーマ 新しいエネルギー社会の実現に向けて~電力自由化への期待」
▽5月12日開催
▽場所=地球・人間環境フォーラム会議室(蔵前)
▽講師=辰巳菊子氏(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談者協会常任顧問)

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▽講演内容=「私たちの暮らしにとってエネルギーは不可欠であり、家庭のエネルギーの半分は電気に頼るようになってきた(ガソリンなど「移動」に必要なエネルギーは除く)」
「電力小売り自由化は2000年にスタート(大規模工場対象)、その後徐々に拡大され、今回で小売りが全面自由化された。これまでは住居地によって電力会社が決められていたが(地域独占)、これからは自由に電力会社を選ぶことができる」
「料金の安さや“おまけ”に迷わされることなく、日本のエネルギー源のあるべき姿を考えてほしい。具体的にはCO₂排出量が少ない発電・危険な原子力によらない発電・再生可能エネルギーによる発電を選択してほしい。それが、将来のエネルギーミックスを決めるという政策に消費者が参加することになる。ただ電源構成の公開は限定的であり、再生エネ100%の発電会社を選択することも難しいのが現実。例えば、どの電力を選んでも含まれる共通の送電費(託送料金)。このなかに、原発の廃棄物処理費用が含まれているが、素人には分からない記載法になっている。こうした困難はあるものの、ベストでなくてもベターな選択をしてほしい。その上で節電の努力は続けるべきだ」

■2016年3月の研究会
テーマ 『会員の仕事に学ぶ3.11』
「地域医療の3.11」を調査報道した芦崎治氏、
「日米同盟の3.11」を通訳した長井鞠子氏に聞く
日時 2016年3月8日(火) 19時~20時30分
場所 地球人間環境フォーラム会議室(蔵前)
東日本大震災から5年。震災には、「被災者の3.11」や「福島原発の3.11」以外に、被災地での「地域医療の3.11」や、福島原発事故への対応を巡る「日米同盟の3.11」もありました。
前者に関しては、釜石市の医療関係者を長期にわたり取材し、その成果を『いのちの砦 「釜石方式」に聞け』(朝日新聞出版)にまとめた芦崎治氏がいます。
後者には、福島原発事故の全体像を日米で共有するためにつくられた日米連絡会議(2011年3月~12月)で通訳を務めた長井鞠子氏がいます。
お二人から舞台裏を聞きます。

■2016年1月の研究会(COP21報告会)
2015年12月初めに開催されたCOP21を取材した、当会会員による報告会・映写会を実施します。
日 時 2016年1月5日(火)19時30分~20時30分
場 所 地球・人間環境フォーラム会議室(東京・蔵前)
発表者 石井徹(朝日新聞社編集委員)、水口哲(当会会員)

■2015年11月の研究会(その2)
テーマ 「電力小売全面自由化と再生可能エネルギー普及の課題」
講演者 船津寛和 氏(NPO法人コンシューマネット・ジャパン研究員)
日 時 11月19日(木)18時30分~20時
会 場 GEF事務所(東京・蔵前)

■2015年11月の研究会 (その1)
タイトル「気候災害対策のこれから-科学者・利害関係者・自治体間の協働の課題」
ゲスト 竹内邦良 氏(土木研究所顧問、前・水災害・リスクマネジメント国際センター長)
日 時 11月9日(月) 19時~20時30分
会 場 GEF事務所(東京・蔵前)

■2015年10月の研究会
タイトル 「ミツバチ問題はどうなった?生物多様性・農業・環境」
ゲスト 五箇公一氏(国立環境研究所生物・生態系環境研究センター主席研究員)
日時 2015年10月20日(火)19時~20時30分
会場 GEF事務所(東京・蔵前)

■2015年10月の視察
視察会 福島第一原発事故被災地を歩く
2015年10月3日(土)、秋晴れの下、福島第一原発事故から4年半を経た福島県の浜通りを、経済産業省・木野正登参事官の案内で環境ジャーナリストの会メンバー7人が視察した。木野参事官は大学で原子力工学を学び経済産業省に入省。原発事故後、現地に着任し、骨をうずめることもいとわない決意で連日、福島第一原発に通っている。
避難指示解除準備区域内で最初の仮設商店街「ここなら商店街(楢葉町)」にて木野氏と落ち合い、昨年9月、原発事故後3年半ぶりに全線開通した国道6号線を北上。福島第一原発から20キロ圏内にある富岡駅、桜の名所として町民から親しまれた夜ノ森(富岡町)、大熊町・双葉町を通過し、津波被災地で発見された思い出の品々を展示する浪江請戸作業所、津波被害当時のままの請戸小学校がある請戸地区(浪江町・福島第一原発から7km地点)、浪江町市街地などを訪れた。作業車両や全国からの県警パトカーばかりが通る道、空間線量を示す電光掲示板、除染廃棄物をつめたおびただしい数のフレコンバッグとかつてそこにあった人々の生活を目にし、事故被害の大きさと、いまだ「復旧・復興」の道のりが遠いことを改めて実感するものとなった。

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楢葉町の仮設商店街「ここなら商店街」。

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富岡駅前。駅舎は撤去されており、その向こうに大量のフレコンバッグが積まれていた。

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富岡駅前。津波被害を受けた時のままの街並みが残っていた。居住制限区域。

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富岡の市街は除染作業中。道沿いに新しいフレコンバッグが並んでいた。

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桜並木の道を進むと、帰還困難区域の立入規制線があった。

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放射線の線量を示す電光掲示装置があちらこちらに。

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国道6号線は自動車なら走り抜けることができるが、二輪車は禁止。
帰還困難区域で自動車から降りて視察するには事前の許可が必要。スクリーニング場で線量計を渡され、退出時には線量チェックが行われる。

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福島第一原発は国道から3キロくらい。

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土産物店が浪江地区の廃棄物の中から発見された思い出の品の展示場になっていた。

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浪江町請戸地区は第一原発のすぐ北の海沿いの区域。津波で多くの建物が失われ、整地事業が進む。
請戸小学校は復旧事業の物資置き場になっていた。体育館は卒業式の準備がされたまま。

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遠くに福島第一原発が見える。

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浪江町の市街地。地震で傾いたり屋根瓦が落ちたりしたままの家屋が並ぶ。

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無人の商店街だが、ガソリンスタンド2軒が営業を再開している。

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浪江駅前。駅舎は閉じたまま。駅前の商店も半壊したまま。

 

■2015年9月の研究会
タイトル:「環境報道の今後・記者の専門性・差別化の方法」
日時:2015年9月16日(水)
講師:竹内敬二(朝日新聞編集委員、当会会員)
北極圏でのシロクマ取材(1987年)を皮切りに国内外の環境・エネルギー問題を取材してきた竹内敬二氏に、35年の記者人生から学んだ専門性の高め方、記者としての差別化の方法、今後の環境報道など縦横に語ってもらった。
場所は築地の某レストランで、暑気払いを兼ねた。

■2015年8月の研究会 (明日香壽川 東北大学教授を迎えて)
日 時:2015年8月10日(月)19時~20時30分
テーマ:「主要排出国の削減目標を考える」
会 場:地球・人間環境フォーラム(蔵前)

■2015年総会
日 時 2015年6月1日(月)19時~20時45分
総会  19時~19時25分
同日開催の研究会 19時30分~20時45分
研究会講師  金 哲洙 氏(日本農業新聞、当会会員)
研究会テーマ 「やせ細る土壌、世界の農地異変を伝える」
場 所 GEFミーティングスペース(蔵前)

■2015年5月の研究会(佐藤彌右衛門会津電力代表取締役社長を迎えて)
日 時 2015年5月22日(金)18時半(あるいは19時)~
場 所 一般財団法人地球・人間環境フォーラムミーティングスペース
ゲスト 佐藤彌右衛門 氏(会津電力 代表取締役社長)

■2015年3月の研究会「COP21に向け、低炭素社会をつくる金融を考える」
日 時:2015年3月31日(火) 19時~20時30分
場 所:地球・人間環境フォーラムミーティングスペース
ゲスト:本郷 尚 氏(三井物産戦略研究所グリーン・イノベーション事業戦略室研究フェロー)

■2015年2月の定例勉強会「温暖化『適応策』を住明正氏に聞く」
日時 2015年2月17日(火)19時~20時半予定
場所 GEFミーティングスペース(蔵前)
講
師 住 明正 氏(国立環境研究所理事長)




会員活動の紹介

2016年6月25日発行、山田 優 著
『亡国の密約 ーTPPはなぜ歪められたのかー』
新潮社刊 定価本体1500円(税別)
(注:共著者の石井勇人氏は当会会員ではない)

2016年3月16日発行、村松 秀 著
『女子高生アイドルは、なぜ東大生に知力で勝てたのか』
講談社現代新書 定価本体840円(税別)
(注:共著者の五月女ケイ子氏は当会会員ではない)

2016年3月1日発行、水口 哲 共編/共著
書籍シリーズ「持続可能な都市への理論と実践(原題 Theory and Practice of Urban Sustainability Transition)」の
第1巻『持続可能な都市へのガバナンス 欧州とアジアの経験(原題:Governance of Urban Sustainability Transitions European and Asian Experiences)』
Springer刊 定価eBook $99, Hardcover $129

2015年5月30日発行、芦崎 治 著
『いのちの砦 「釜石方式」に訊け -釜石医師会医療継続に捧げた医師たちの93日間-』
朝日新聞出版刊 定価本体1500円(税別)

2013年2月25日発行、竹内敬二 著
『電力の社会史 ー何が東京電力を生んだのかー』
朝日新聞出版刊 定価本体1600円(税別)

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