京都大学大学院総合生存学館の関山健教授を講師に迎え、11月の定例勉強会を開催した。関山氏は「気候変動の地政学リスク(気候安全保障)」をテーマに講演し、自著『気候安全保障の論理』(2023年)を軸に、研究動向と政策の論点を整理しながら、気候変動が社会不安や国家間対立を“増幅”しうる構図を示した。(報告者=岡山泰史)
気候安全保障とは何か――「コア」は紛争・暴動・対立の増幅

関山氏はまず、「気候安全保障」という言葉は論者によって幅があると指摘した。生態系保全や人間の安全保障と重なる使われ方がある一方、狭義の“コア”は、気候変動が遠因となって紛争や暴動、国家間対立が生じるリスクに焦点を当てる議論だと指摘した。講演では、気候変動の影響が軍事施設・軍の運用に及ぶ側面にも触れた上で、「紛争・暴動に至る経路」に焦点を当てた。
自然災害は「直接」ではなく「経路」を通じて不安定化を招く
気候変動の影響が顕在化しつつあるとはいえ、「気候変動が直接原因の紛争」を厳密に確定するのは容易ではない。そこで研究は、過去の数十年に起きた紛争・暴動について、異常気象や自然災害がどの程度関与し、どのようなメカニズムで社会の混乱から暴力へ至ったのかを調べ、将来の激甚化・頻発化を見通すアプローチを取ってきたという。
講演で強調されたのは、資源不足(とくに水・食料)が競争と対立を生みうる点だ。短期の水不足では協力が起きる場合もある一方、長期化・深刻化すれば対立に傾きやすいという研究上の示唆も紹介された。食料については、生産減少が生産者の生活を直撃し、食料価格高騰が社会不安の引き金になり得る。気候変動に伴う物価上昇を「気候インフレ」と呼ぶことがあるとし、歴史的にも食料価格の高騰が暴動・革命につながった例があること、近年ではアラブの春の背景として穀物不足とパン価格の急騰が議論されていることが触れられた(スライドでも「アラブの春」を例示)。
さらに、海面上昇や干ばつなどで居住地を離れざるを得ない気候移民・気候難民は、移動先で雇用や社会サービス、土地などをめぐる摩擦を生みやすい。スライドではバングラデシュやケニアなどの研究例が列挙され、移民の流入が政治問題化し得ることが示された。
加えて関山氏は、移動できる人よりも、逃げることすらできず被害地域に取り残される人びとが最も脆弱になり得る点にも言及し、格差拡大が紛争の温床になると警鐘を鳴らした。
こうした議論をまとめて関山氏は、気候変動はそれ自体が「新しい紛争原因」なのではなく、既存の脅威(貧困、格差、食料危機など)を相乗的に増幅し、紛争や暴動の確率を高める“脅威の乗数”であると説明した。
確率の議論としては、異常気象が紛争を悪化させたのは全体の4分の1」という整理や、Nature掲載研究の専門家評価(2℃で13%、4℃で26%)が示された。
政策対応が対立を生む――エネルギー転換、CBAM、気候工学
講演の後半で提示された重要な視点が、気候変動対策そのものが国家間対立を誘発し得るという点だ。関山氏は、(1)脱化石燃料が輸出依存国の不安定化を招く可能性、(2)重要鉱物(クリティカル・ミネラル)をめぐる依存と競争、(3)再生可能エネルギー資源の偏在が産業立地やグリーン水素生産で有利不利を生みうることを指摘。再エネの潜在力が地域によって大きく異なり、日本が国際的に見て恵まれた地域ではないことが地図で示された。
また、グリーン産業政策の例として、炭素国境調整措置(CBAM)が挙げられ、導入国と輸出国の間で対立が生まれ得ることが示された。
そして関山氏が強く懸念を示したのが気候工学(プランB)である。利害対立、意図的悪用、予期せぬ副作用、ガバナンス(費用負担や「スイッチ権」)といった問題が列挙され、技術の現実性が高いほど対立要因にもなり得る、と整理された。
インド太平洋と日本――気候移民、沖ノ鳥島、サプライチェーン
関山氏は最後に、インド太平洋地域が気候変動に対して脆弱な国々を多く抱えることを踏まえ、移民・難民、洪水などによる社会不安定化が紛争リスクを高め得ると述べた。インド太平洋地域で気候変動の脅威に直面し得る人口規模として、中国1億700万人、インド4400万人、ベトナム3800万人などの数字が提示された。
日本との関係で具体例として挙げられたのが沖ノ鳥島だ。スライドでは、海面上昇で島が満潮時に海面下に隠れると「島」と認められなくなり、日本の国土面積を上回るEEZを失う可能性が指摘されている。
質疑では、日本企業にとってもアジアの気候災害・社会不安がサプライチェーン寸断やカントリーリスク増大につながり得る点が議論された。関山氏は、経済合理性だけでサプライチェーンを組む時代は終わりつつあり、長期のリスク認識と分散を含む戦略が必要になる、との見方を示した。
リスクを下げるには――経路のどこかで「断ち切る」
関山氏は結びとして、気候変動が紛争や暴動に至る経路の「どこか」で増幅を断ち切ることが重要だと述べた。具体的には、(1)気候変動対策(緩和)そのもの、(2)脆弱な地域の脆弱性低減(開発・ガバナンス支援等)、(3)気候安全保障リスクを議論する国際枠組み・ルール形成――を挙げ、日本が外交面でも貢献できる余地があるとした。