JFEJ 12月定例勉強会
「ディープエコロジスト辰濃和男さんの環境思想を振りかえる」<終了しました>
2018年12月4日(火)に12月の勉強会を開催しました。
<開催案内>
日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)の初代会長で、昨年12月に逝去された辰濃和男さん。朝日新聞の「天声人語」を長く担当し、天声人語子として知られていた辰濃さんは、東京・高尾山の自然環境保全の活動や、「天水尊」(雨水利用)の推進にも全力で取り組まれていました。
JFEJでは、共に活動されていた方々をゲストにお迎えし、辰濃さんの活動と人間性を振り返る勉強会を開催します。
タイトル 「天声人語子 ディープエコロジスト辰濃和男さんの環境思想を振りかえる」
ゲスト講師
「高尾山の自然を守る市民の会」事務局長の橋本良仁さん。
天水研究所代表・薬学博士 村瀬誠さん
日時 12月4日(火)19:00-20:30
場所 GEOCセミナースペース(東京都渋谷区神宮前5-53-70 国連大学ビル1F)
担当理事 芦崎治
第1部では、担当理事の芦﨑から辰濃さんの、朝日新聞社における1970年代の天声人語子の名文家ぶりや天声人語担当論説委員としての1日の仕事などの紹介があった。また20冊以上ある辰濃さんの著作の中で、とくに環境・ネイチャー系の作品の解説も行われた。
その後、(株)天水研究所代表で東邦大学薬学部客員教授の村瀬誠さんの紹介があった。村瀬さんは墨田区職員として錦糸町や両国で起こった都市型洪水の被害を見て、洪水防止と水資源の観点から両国国技館に雨水を溜める施設の設置に尽力。その画期的なアイデアに共鳴した辰濃さんが、何度も雨水利用を推奨する「天声人語」を書いた。1994年には雨水東京国際会議を立ち上げ、辰濃さんが実行委員会会長、村瀬さんが実行委員会事務局長を務めた。辰濃さんの思考の中核に「循環の思想」があったと村瀬さんが指摘。退職後、NPO法人雨水市民の会として「循環の思想」を実践するようなバングラデシュで安全な飲み水を確保する持続可能なスカイウォーター・プロジェクトを展開、バングラデシュでの活動内容を紹介した。
第2部では、辰濃さんが珍しくテレビの取材に応じた「晩秋・枯れ葉のじゅうたん」(NHK『美しき日本百の風景』)を約10分上映した。その後、「高尾山の自然をまもる市民の会」事務局長の橋本良仁さんの紹介があった。
圏央道高尾トンネル計画に反対する高尾山天狗裁判で、辰濃さんが2004年7月に書いた陳述書は「風土生命体論」だったと橋本さんが指摘。風土生命体の主人公とは高尾山に生きる動物、鳥類、昆虫だけでなく、生きものを育んでいる高尾山の土も主人公。そして、あるがままに生きている動植物、土、水、風、それらすべてが主人公であり、その総体が持論の「高尾の風土生命体」だったことを解説した。圏央道の高尾トンネル工事反対には自然保護グループ以外に、多くの若者たちも参加した。若者たちは工事反対のロックフェスを企画、そこに辰濃さんが挨拶に立ち、「トンネル工事で何億ものミミズが死にます。みなさん高尾のミミズに黙とうしましょう」と提案すると、何百人もの若者たちが辰濃さんといっしょに高尾山のミミズに黙とうしたという。ディープエコロジスト辰濃和男さんならではのエピソードを紹介した。
JFEJ連続講座2018
ジャーナリストが教える“SDGs時代”の必須知識
~ビジネスマン・市民に役立つ発信メソッド~
<終了しました>
未曾有の豪雨に40度超えの猛暑。気候変動の脅威は現実のものと
なっています。パリ協定後、再生可能エネルギーの導入やESG投資など、大胆な
脱炭素化による持続可能な経済への転換が求められ、今やビジネスマンも市民も、S
DGsや脱炭素革命について、より正確で最新の知識が必要な時代に突入しています
。
この連続講座では、第一線で活躍する現役の環境ジャーナリストや
専門家が、世界のトレンドや日本の課題など“必須知識”を伝授。さらには、企業
や自治体、NGOなどが発信していく際の“コツ”や“ポイント”もお伝えします。
国連IPCCの特別報告書が発表されるこの秋、ビジネスから未来世代への教育まで
、一緒に“SDGs時代”の生き残り方を学んでいきましょう。
開催中です。各回の概要を順次掲載します。
【会場および時間と定員は以下の通りです】
◆第1回~第6回(各回定員30名)
環境パートナーシッププラザ(
GEOC) セミナースペース(フィールドワー
ク時を除く)
(〒150-0001東京都渋谷区神宮前5-53-70国連大学ビル1F
19:00~20:40(受付18:30~)(フィールドワーク
時を除く)
第1回(10月10日)
<終了しました>
「国連IPCC 1.5℃報告書が意味するもの」
(江守正多さん:国立環境研究所地球環境研究センター副研究センター長)
今年度の連続講座の1回目として、国立環境研究所地球環境研究センター副センター長の江守正多さんが10月10日、「国連IPCC 1.5℃特別報告書が意味するもの」をテーマに講演した。会場は約50人の参加者で満員となった。
1.5℃特別報告書は2日前に公表されたばかり。冒頭、4年前に江守さんが協力してNHKがつくった「科学者が予測する2050年日本の天気」の動画を紹介した。その中では東京の最高気温が「40.8℃」となっていたが、くしくも7月に東京都青梅市で記録した最高気温と同じだった。必ずしも温暖化が早まっているわけではないが、温暖化によって異常気象の発生確率が高まり、高温や大雨が増加傾向にあると話した。
1.5℃報告書は、世界は産業革命前に比べてすでに約1℃温暖化しており、早ければ2030年にも1.5℃に達してしまうと予測。1.5℃温暖化した時の悪影響のリスクは現在より高くなり、2℃温暖化すればさらに高まるなどと指摘している。
江守さんは、5章に分かれている報告書を各章ごとに解説。全体のメッセージとして、「1.5℃になっちゃう、大変だ、できっこないという悲壮な話でとらえるよりは、方向性は2℃と同じなので、1.5℃を目指すことによって、加速すればいいじゃんという前向きなものを感じた」という。
参加者からは「ティッピングポイントの可能性は?」「気候変動による社会影響は?」「科学技術に頼る解決より一人一人の行動変容が重要なのではないか?」などの質問が寄せられ、活発な議論が繰り広げられた。
当日使用の資料をご提供いただきました。
下をクリックするとダウンロードしてご覧いただけます。
→第1回配布資料PDF emori181010_kankyojounalists
第2回(10月17日)
<終了しました>
「戦略としてのESGと個人投資家」
(吉田喜貴さん:日本サステナブル投資フォーラム事務局長、石井徹さん:朝日新聞編集委員)
連続講座第2回目は、現在、注目を集める「ESG投資」をテーマに、日本サステナブル投資フォーラム事務局長である吉田喜貴さんと、朝日新聞編集委員・石井徹さんが講演した。
まず、石井さんによる講演で、「ESG投資が拡大しつつあるが、個人ではどのように投資を考え、この動きに参加していったらいいのかわからないという声をよく聞く」ということから、第2回目のテーマを「戦略としてのESGと個人投資家」と設定したとの話があった。その後、データに基づいた海外と日本のESG投資の推移、受託者責任の考え方の変化、海外での化石燃料からの離脱(ダイベストメント)の動きがあるが日本ではまだ鈍い、などの解説が続いた。
その後、吉田さんが登壇。新聞や経済誌で「ESG投資」を目にする機会が増えたが、一般市民が関心を持っても、投資信託などの金融商品を提供する金融機関の姿勢に問題があり、安易に購入するのは危険であることや、現在の日本で「ESG投資」をする場合は、アクティブ投信でなければ難しく、その場合はどんな点に留意すべきなどを語った。
現状の投資信託は、ESG投資を売りにしているものが80本弱あるが、投資理由など詳細な説明をしていないものが多く、推奨できる商品はわずか3本程度だという。
また、インデックスに勝つ可能性があるアクティブ投信のポイントとして、「純資産残高のなだらかな上昇」「積立投資の顧客比率が高い」「積極的な情報開示」「アクティブシェアが60%以上」などを上げた。
34名の参加者からは、投資信託以外についても積極的な質問が寄せられ、盛会のうちに終了した。
石井さんが当日使用の資料をご提供いただきました。
下をクリックするとダウンロードしてご覧いただけます。
→第2回石井さん資料(WEB用)
第3回(10月24日)
<終了しました>
「温暖化の現場を訪ねて」
(田中泰義さん:毎日新聞医療福祉部長)
第4回(11月7日)
<終了しました>
「SDGsとビジネス」
(松木喬さん:日刊工業新聞編集委員)
第4回は日刊工業新聞社の松木喬編集委員が「SDGsとビジネス」と題して、さまざまな企業の取り組みを具体的に紹介。「企業がSDGsに取り組むことによって『我が社は世界目標と一致している』と、SDGsの目標番号を示して言える。逆に知らん顔していると、資金調達などでそっぽをむかれることもある」と強調した。
松木編集委員は、SDGsを採択した2015年9月25日開幕の「国連持続可能な開発サミット」を同日付紙面でいち早く紹介するなど、SDGsを積極的に報道する同社の姿勢を示した。
さらに、取材で知ったパナソニック、三菱電機、LIXIL、ユニ・チャーム、楽天などの取り組みを紹介。その一例として、横浜の従業員40人規模の印刷会社「大川印刷」に焦点を当てた。同社は、SDGsの目標12(持続可能な生産・消費)に向けて、森林管理協議会(FSC)認証の紙を積極的に使用。その比率が全使用量の3割に達したことが評価され、環境NGOを顧客に持つ外資系企業との新規取引が実現した。同社は「SDGsに貢献したいとの思いをNGOや外資と共有でき、事業につながった」としている。
第5回(11月10日
<終了しました>
フィールドワーク 環境ジャーナリストと一
緒に、再生可能エネルギーと地域づくりの現場を訪ねて取材(日帰り、東京駅発・東京駅解散)
連続講座の第5回は、フィールドワークとして、栃木県那須塩原市の水土里ネット那須野ヶ原(那須野ヶ原土地改良区連合)をたずね、農業用水を利用した小水力発電の現場を視察した。
水土里ネット那須野ヶ原では、同連合が管理している農業用水を利用して、1992(平成4)年から小水力発電をおこなっている。現在は、那須野ヶ原発電所、百村第一、第二発電所、蟇沼第一、第二発電所、新青木発電所と6か所の発電所を運営。発電した電気は電力会社に売却し、その収益は、土地改良区の管理費用の一部として活用されている。本来、水路管理などの費用は受益者(農業用水の利用者)が負担するのだが、売電収益によって、受益者の負担を大幅に減らすことにつながっているとのこと。
今回の視察では、水土里ネット那須野ヶ原の担当者お二人にご案内いただき、那須野ヶ原発電所、第二発電所、新青木発電所のほか、河川から農業用水に水を取り入れるための施設である西岩崎頭首工を見てまわった。発電所の中では水車の収まった装置や発電機を目の当たりにし、タービンの音などを聞き、小水力発電の実際の様子にふれて、大いに知見を増やすことができた。
現地視察後は、会場をホテルアオキに移して、東京からご同行いただいた全国小水力利用推進協議会理事の松尾寿裕氏による「全国の小水力発電の取組」というテーマでの講演を開催。現状、小水力発電は初期コストが大きいことや、発電機のメーカーが国内では少ないことなど、さまざまな課題があることをお話しいただいた。また、県のダムを利用して地元の利益を生み出すことを目指す山形県や福島県、東京都檜原村などの事例とともに、小水力発電の初期費用や経済価値などについて具体的な数字をご紹介いただき、小水力発電の可能性について多くのことを学ぶ時間となった。
第6回(11月21日)
<終了しました>
「環境・エネルギー分野と資本市場」
(今西章さん エネルギージャーナル社編集次長、『週刊エコノミスト』編集部協力)
シンポジウム:
気候変動、エネルギー問題に対応する市民力の育成
-SDGs達成に向けた地域/ESDの可能性― <終了しました>
持続可能な社会づくりに向けてSDGs(持続可能な開発目標)やESD(持続可能な開発のための教育)にどう取り組んでいくかを考えるシンポジウムが10月28日、東京・池袋の立教大学キャンパスで開催された。日本環境ジャーナリストの会や立教大学ESD研究所などが主催。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が「1.5℃特別報告書」を同月初めに発表したばかりだったこともあって、市民や学生ら約100人が熱心に聞き入った。
この「気候変動、エネルギー問題に対応する市民力の育成―SDGs達成に向けた地域/ESDの可能性」シンポジウムでは、まず日本環境ジャーナリストの会会長の堅達京子NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーが開会あいさつ。
井田さん
続いて気象キャスター・気象予報士の井田寛子さんが基調講演した。
井田さんは「今年1月に娘を授かったが、彼女が健康なら2100年の地球環境の影響は大きいと考えていた。しかし、今年の夏は異常な暑さと台風や記録的大雨に襲われ、“異変”は近未来に迫ってきているようにも感じる。こうした異常気象は(気象庁によると)30年に一度程度発生するとされているが、温暖化によって異常気象が発生する頻度が増え、程度も強力になってきている。気温が高くなると大気中の水蒸気量が増え、雨雲になって広範囲に強い雨を降らせる。海水温が上がっていることで台風の勢力が強くなっている」と解説した。
さらに、NHKが制作した「2050年の天気予報」に出演しことに触れ、「番組中で『東京で8月に40・8℃を記録した』としているが、今年7月に東京都青梅市ですでに記録されてしまった。2050年のことがもう現実になっていると感じた人も多いのではないか」と異常気象への警戒を呼び掛けた。
水野さん
続いて水野雅弘SDGs.TV(株式会社TREE)代表取締役が講演した。
自社が制作した映像を見せた後、「2100年を(温暖化が進んだ)赤い地球にしないためにはいま行動しなければならず、地球を救える最後の世代になるかもしれない。2006年から映像を使って気候変動、森林保全、エネルギー問題などの啓発を行っているが、最近は教育現場からの問い合わせが多くなってきている。映像によって多様な意見を引き出し、対話につなげていける。学ぶのではなく気付きの場をどう作っていくかが大事だ」と語った。
後半のパネルデスカッションには井田さん、水野さん、堅達さんのほか、阿部治立教大学ESD研究所所長が登壇。堅達さんがモデレーターとなり、「IPCCの特別報告書は衝撃的、50年までにCO2(二酸化炭素)の排出量を実質ゼロにしなければならない。地球を暮らしやすい星にとどめておくためには、この10年がラストチャンス。どうしたらいいのか」と問題提起した。
阿部さん
阿部さんはESDの歴史と進化を説明しながら「こうした集会に出ている人は関心が高いが、一方的に話を聞いているだけではその先に進めない。正しい知識に基づいて、どう具体化していくかで互いに学び合う場を作ることが大切。対話によって問題意識を引き出していかなくてはならない。ESDは持続可能な地域づくりとリンクしている。グローバルな視点を持った、そして当事者意識をもった市民力をどう育てるかが一番大事」と話し、「ESDはSDGsのエンジンであり、SDGsはESDを進めるためのツールでもある」と締めくくった。
<以下は案内文を記録として残します>
日本では、SDGsの推進に向けて、
省・再生可能エネルギー、気候変動対策、循環型社会等を含む8つの優先課題が挙げられています。
地方自治体が環境・経済・社会の3つの視点から持続可能なまちの将来像をつくり、
地域の持つ可能性をどのようにひきだすのか、
また市民力の育成にESDはどのように貢献できるのかについて議論します。
日時: 2018年10月28日(日) 13:30-16:30
会場: 立教大学 池袋キャンパス 7号館7101教室
入場無料、要事前申込
基調講演:
井田 寛子/気象キャスター・気象予報士(*略歴を末尾掲載)
登壇者(敬称略・順不同):
水野 雅弘 /SDGs.TV(株式会社TREE)代表取締役
堅達 京子/NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
阿部 治/立教大学ESD研究所所長 社会学部・同研究科教授
申込先: 日本環境ジャーナリストの会HPの申込みフォームからお申し込みください。
申込みフォーム(
https://business.form-mailer.jp/fms/a2356a9792523)
問合先: 立教大学ESD研究所
TEL・FAX:03-3985-2686 E-mail:esdrc ● rikkyo.ac.jp (●には@アトマークが入る)
主催:
文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業「ESDによる地域創生の評価とESD地域創生拠点の形成に関する研究」(研究代表者・阿部治)
立教大学ESD研究所
ESD地域創生研究センター設置準備室
日本環境ジャーナリストの会
右をクリックすると案内チラシがダウンロードできます。→
1028flyer_1016
(チラシを一部修正しました。2018.10.16.)
*井田 寛子さん略歴
気象キャスター・気象予報士。
筑波大学第一学群自然学類化学科専攻。宇宙化学研究室卒業。
製薬会社勤務の後、NHKキャスターに転身。
静岡放送局、首都圏センターに勤める間、気象予報士の資格を取得。
気象キャスターとして大阪放送局へ異動、東日本大震災の年2011年~2016年NHKニュースウオッチ9、2016年~2017年TBSあさチャン出演。現在はNHKラジオ山カフェパーソナリティ、筑波大学非常勤講師。
地球温暖化の対策を呼び掛けるため、出前授業や講演活動、2014年にはニューヨークで開かれた国連気候サミットに参加。
著書に「気象キャスターになりたい人へ伝えたいこと(成山堂書店)」
趣味はヨガ(全米ヨガアライアンス200取得)、ランニング、ダイビング、野菜料理(野菜ソムリエ)。
環境ジャーナリスト講座2017
「次代を表現するジャーナリストに学ぶ」<終了しました>
再生可能エネルギー、SDGs(持続可能な開発目標)、里山資本
主義など、次の社会をつくるテーマをどう捉え、表現するのか。将
来を見据えながら現在の様々な事象に向き合うジャーナリストから
直接、学びます。テーマが集約された現場を記者たちと歩くフィー
ルドワークも体験します。最後に“卒業作品”を記者が講評し、
添削の上、希望者には公表の機会を設ける実践的な講座です。
終了しました。各回の概要を掲載します。
●日程(敬称略)
第1回 10月 4日(水)
「里山資本主義から里海、里川へ」
講師 井上恭介(NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー)
参考文献:『里山資本主義』『里海資本論』(角川書店)
井上氏は、NHKエンタープライズのディレクター、プロデューサーとして30年。講座では、40万部のベストセラー書籍が生まれる元になった中国地方向け番組「里山資本主義」を中心にそのきっかけや原点、番組作成などを紹介。きっかけは、2011年の東京から広島への転勤だったという。それまでは、実体を伴わない「マネー資本主義」を主客転倒、本末転倒だと問題視し、その対抗軸を探し求めた。そして、転勤先の広島からそうした発想の芽や実践事例を見つけたという。
取材先の情報収集では、まず、これまでのローカル番組をチェックし、そして、いろいろな地元の短い朝のニュース番組をよくチェックしたという。たいていの地方番組は「始まったばかりだ」で終わるが、それをしばらく経って追いかけて深掘りすると、「案外とそういうところにいっぱい芽がある」と話した。
第2回 10月11日(水)
「アラスカで感じた科学を書く苦悩」
講師:田中泰義氏(毎日新聞医療福祉部長)
記者生活27年の大半を科学環境部に在籍してきた田中氏は、学生時代にオーロラを研究し、就職後もアラスカをたびたび訪れていたという。その思いから毎日新聞入社後に休職してアラスカ大地球物理研究所に入所し、オーロラや地球温暖化影響の研究に打ち込んだ。同研究所の赤祖父俊一所長(当時)はオーロラ研究の第一人者であると同時に地球温暖化懐疑論者としても知られており、氷河の後退や永久凍土が溶けて道路が陥没する現象が現実としてある中でどう科学的に説明すればいいのか悩んだという。
また田中氏は学術雑誌「サイエンス」「ネイチャー」などに掲載される論文は、ねつ造や誤りは日常茶飯事とさえ言われていると指摘、それを報道する難しさを訴えた。さらに科学環境部で原発担当デスクをした経験から、科学の誤りや不確実性に学者の思惑も加わって原発をめぐる世論も報道も二極化が進んでいる中、バランス感覚をもって報道する重要性を説いた。(佐藤恵里)
第3回 10月18日(水)
「日米の情報公開法で、日米密約に迫る」
講師 山田優(農業ジャーナリスト)
参考文献:『亡国の密約』(新潮社)
1977年に日本農業新聞に入社した山田氏は、米をめぐる日米間の「密約」を追っている。その一部始終が「亡国の密約」(新潮社、2016、共著)で紹介されている。
日本は1993年、細川政権の誕生と共に米の一部市場開放に踏み切った。当時、米国で大学研究員生活を送っていた氏は、政府のこの決断に大きな疑問を持った。翌年、帰国する際に米国政府に情報公開を求め、日本政府に対しても情報公開請求を重ねた。日米の交渉関係者にも取材を続け貴重な証言や資料を入手した。
「政府間の秘密外交交渉はやむを得ないことがある。しかし、それは一定期間後に国民に詳細な情報公開があって初めて正当化される。日米間の交渉はそれが不十分だ」と語っている。
第4回 10月21日(土)
フィールドワーク「日本農業遺産 三富新田(埼玉県)を歩く」
現地講師・中西博之(元埼玉新聞記者)
、現地の農家2軒
東武鉄道ふじみ野駅10時集合、15時30分頃現地解散
⇨雨天のため延期となりました。
第5回 11月1日(水)
「求められる仮説構想力と現場力」
講師 森健 (ジャーナリスト)
参考文献:
『「つなみ」の子どもたち』(文藝春秋・第43回大宅壮一ノンフ
ィクション賞受賞作品)
『小倉昌男 祈りと経営』(小学館・第22回小学館ノンフィクション大賞受賞
、第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞、第8
回ビジネス書大賞審査員特別賞受賞)
第6回 11月15日(水)
「登山文化が変わる。雑誌作りも変わる。」
講師 久保田賢次 (ヤマケイ登山総合研究所所長)
久保田氏は、筑波山の麓で育った子どもの頃から自然や生きものに親しみ、図鑑で見たアサギマダラに恋をして山に憧れるようになったという。その後、学生時代に登山と出会い、社会人山岳会に入り全国各地の山々に親しんできた。大学卒業後は、登山の専門誌を出す山と溪谷社に入社、広告部からスタートして、スキー雑誌、スノーボード雑誌等の編集部をへて『山と溪谷』の編集長を務める。現在は『登山白書』の編さんや電子雑誌『週刊ヤマケイ』の編集など、一貫して登山と登山文化と向き合ってこられた。
長年にわたる経験から、登山のスポーツ化や登山人口の高齢化、SNS(会員制交流サイト)登山サークルの増加などの変化が起きている一方で、その多様化に指導者が対応できていない問題点を指摘。そして、登山届けの義務化や一般登山ルートのグレーディング(格付け)、防災ヘリの要請の増加など、登山者自体が公助に頼りすぎ、遭難事故増加に繋がっているのではないか危惧する。登山とかかわる出版文化では、「今後増加が予想される外国人登山者への発信や歴史、文化を伝えることが大切だ」と話す。
第7回 11月22日(水)
「環境問題の社会化とSDGs」
講師 北郷美由紀 (朝日新聞報道局記者)
参考資料:「2030 SDGsで変える」パンフレット、11月18日朝日新聞朝刊
今年、朝日新聞で特集記事や連載で「SDGs」のシリーズ化を担当した北郷氏。記者として紙面・デジタル版で伝えるだけでなく、「朝日地球会議」コーディネーターや「朝日SDGsフォーラム」のモデレーターも務めている。
講座では、MDGsからSDGsへ移行した2015年当時からの振り返りから現在、そして2020年までを見据え、17分野の目標の中から「突破口は目標5(ジェンダー平等)」という日本の課題を、自身が担当した記事、紐づくデータなどを紹介しながら明らかにした。
参加者のSDGsへの知識、興味関心の温度感を確かめながら、「環境」というと専門性が高く、環境ジャーナリスト、環境NGOに一般人は壁を感じるとも問題提起。今回の講座のテーマ「環境問題の社会化」に込めた意味として「環境のことでもあるし、環境のことだけではない」、かつ、目標同士がつながっているというSDGsの課題横断性を強調した。
「貧困を無くす初めての世代になる」というアジェンダの条文50番がある一方で、我々は「地球を救える最後の世代」であり、隠し札は無い、もう失敗できないという危機感がある。北郷氏はそうした自身の想いを、「最後の楽観」という言葉で講座を締めくくった。
第8回 11月29日(水)
参加者の“卒業作品”の講評
講師 竹内敬二(エネルギー戦略研究所シニアフェロー/元朝日新聞編集委員)
ほか
JFEJ連続講座2017チラシ
(上の文字をクリックするとチラシがダウンロードできます)
(一部修正しました。2017/11/7)
●主催:日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)
●参加費:一般:2000 円/ 各回,8 回分一括払い1万2000 円, 学生は半額
日本環境ジャーナリストの会会員・準会員:500 円/ 各回
*10/21のフィールドワーク費用は別途(現地タクシー代は割
り勘、500円程度)
●時間:19時~20時40分
●会場
: 地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)
東京都渋谷区神宮前5-53-70 国連大学ビル1F
TEL:03-3407-8107
(最終回11/29のみ、東京ウィメンズプラザ会議室に変更予定です)
日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)
一般財団法人地球・人間環境フォーラム内
tel.03-5825-9735 fax.03-5825-9737
環境ジャーナリスト講座2016
「ジャーナリストの選ぶ・調べる・伝える技術」
本欄では昨年2016年開催の連続講座の開催要旨に加え、受講生による作品を掲載します。
なお、本HPでは近く、会員執筆による記事やコラムを掲載するページを新設することを検討しており、その公開のときにはこれら受講生作品も移転します。
開催要旨
2016年9月23日~11月9日
環境ジャーナリスト講座2016「ジャーナリストの選ぶ・調べる・伝える技術」
気候変動、生物多様性、エネルギー。
様々な表情を見せる環境問題を、
自分の視点で選びとり、全力で取材し、
工夫して伝えるジャーナリストから直接学びます。
彼らの作品を素材にした座学に加え、
五輪に向け開発の進む東京湾を
野鳥研究者やジャーナリストと歩きながら
現場取材法も体験します。
最後に、記事や映像にまとめた作品を
ジャーナリストが評価します。
公表の機会も設けます。
受講者の皆さんへ
◆受講者アンケートを当日提出できなかった方は、
下記アドレスからアンケートフォームのページに飛んで、
提出することができます。
https://business.form-mailer.jp/fms/0889684761328
◆講座のお支払が済んでいる回について、やむを得ず欠席された方で、
ご希望の方は、当該回の映像を視聴できます。
場所はJFEJ事務局となります。
事前に視聴希望連絡を上記アンケートフォーム、
あるいは下記メールアドレスにてお送りください。
ask(a)jfej.org ((a)を@に換える)
下行をクリックするとチラシ(PDFファイル)がダウンロードできます。
2016jfej_renzokukouza
Program
各回18:30~20:30 *10/1のみ10:00-13:00
■09/23
環境ジャーナリズム総論 自然、辺境取材の方法
講師:読売新聞編集委員 佐藤 淳
参考文献:「環境@辺境」(読売新聞木曜夕刊に連載)
■09/28
♪鳥くんが、全国各地、海外で野鳥を見ながら
知った、感じた環境問題の現実と真実
講師:野鳥研究家/ タレント ♪鳥くん
■10/01
♪鳥くんと歩く。
都内最大級!のバードサンクチュアリ葛西臨海公園で
野鳥と自然を見て感じて、生物多様性を考える
講師:野鳥研究家/ タレント ♪鳥くん
JR 京葉線「葛西臨海公園駅」10時集合,13時解散
■♪鳥くんと歩く
「ほら、額が出っ張っているのがハシブトガラス」
「野鳥を観察するには落葉するこれからが最適。だけど水際ぎりぎりまで近づかないこと、鳥が警戒し逃げてしまう」。
10月1日、葛西臨海公園(東京都江戸川区)の鳥類園ゾーンで『♪鳥くん』が野鳥の生態や観察術を紹介してくれた。
♪鳥くんは、プロのバードウオッチャー(元ミュージシャン)。
双眼鏡を手に見たり、声を聞いたのはエゾビタキ、ヒヨドリ、カワセミ、オオセグロカモメなど21種類。参加者は野鳥観察の魅力に引き込まれていた。
前週の事前講義では、♪鳥くんが野鳥を取り巻く現実や組織を鋭く解説した。
■10/05
取材と自宅での実践で書く、新聞とWEB で連動する
講師:朝日新聞編集委員 石井 徹
参考文献:『エコ・ウオーズ低炭素社会への挑戦』(朝日新聞特別取材班,朝日新聞社)
■10/20
生物多様性を撮る。アマゾン・里山・ホットスポット
講師:NHK エンタープライズ, エグゼクティブ・プロデューサー 村田 真一
参考文献:『アマゾンを撮る男たち』(宝島社)
■10/26
編集30 年で伝えたかった山の魅力と危険(仮)
講師:Rock & Snow 編集長(山と渓谷社) 萩原 浩司
参考文献:月刊誌『Rock & Snow』
■11/02
定点観測する報道 チェルノブイリ取材30 年
講師:朝日新聞編集委員 竹内 敬二
参考文献:「電力の社会史」(朝日新聞社)
「チェルノブイリ30年をたどって」(朝日新聞夕刊6月6日~ 6月17日)
■11/09
実践的記事作成、映像作成講座(まとめ)
講師:複数の講師による合評
●主催
日本環境ジャーナリストの会
●参加費
一般:2000 円/ 各回,8 回分一括払い1万2000 円, 学生は半額
日本環境ジャーナリストの会会員:500 円/ 各回
*10/1 のフィールドワーク費用は別途
●会 場
*月ごとに会場が変わりますので、ご注意ください。
<9月>
地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)
東京都渋谷区神宮前5-53-70 国連大学ビル1F
TEL:03-3407-8107
<10月>
東京ウィメンズプラザ 2階第2会議室
東京都渋谷区神宮前5-53-67 TEL:03-5467-2377
<11月>
集英社アネックスビル81 会議室
千代田区神田神保町3-17-1
下の行をクリックすると集英社会場の地図PDFが開きます。
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●申込先
下記から申込フォームにリンクします。
連続講座申込URL
https://ssl.form-mailer.jp/fms/f0dfc50e447369
下の QRコードからも申込フォームにアクセスできます。
FAX の場合は、お名前・連絡先電話番号・メールアドレスを記載の上、
03-5825-9737 までお送りください。
●お問合せ
TEL:03-5825-9735(一般財団法人 地球・人間環境フォーラム)
*この講座の参加のためにお預かりした個人情報は、当会主催の同様の講座等の案内以外には使用せず、外部への共有もいたしません。
<受講生の終了作品について>
環境ジャーナリスト講座2016では、最終回に「実践的記事作成」として、参加者から作品を提供していただきました。そのうち、公開を希望された3作品について、本欄に掲載します。
掲載するのは次の3作品です。
(受講生の修了作品 1)
南欧、巡礼の道に咲く花
菊地 賢
スペインの朝は、遅い。
八時頃にようやく昇ってきた太陽が、私たちの背中を照らした。丘を登ると、低く立ちこめる霧の向こうにまた次の丘が見えた。大地が、どこまでもゆるやかに起伏していた。
私たちは、巡礼の道を歩いていた。昨日30kmを歩いた疲れが残り、今日も道のりは長い。路傍の灌木に咲く黄色や薄紅色の小さな花が朝日に輝き、私たちを元気づけてくれた。
*
キリスト教の三大聖地のひとつ、スペイン北西部の都市サンティアゴ・デ・コンポステーラ。フランスからピレネー山脈を越えて聖地サンティアゴに至る巡礼路が、中世から続いている。映画「星の旅人たち」の舞台にもなったこの巡礼路が、いま世界から年間20万人超が歩く人気の旅路になっている。
2015年9月、マドリッドから特急で6時間余りのサリアという街から、私たちの旅が始まった。この街を起点にする巡礼者は多い。全長約800kmの巡礼路のうち、最後の100kmあまりを歩く旅だ。
道は牧場や植林地の広がる丘を越え、楢の森に入り、石積みの家が並ぶ小さな村を抜け、ときに大きな街に出た。そんな旅路で幾度と無く目にしてきたのが、この灌木の花であった。それは単なる路傍の花に留まらず、ときに丘の上に広く生い茂って花を咲かせ、巡礼路の風景の一部をなしていた。
私たちは植物学者である。花と見れば近寄って観察する習性がある。黄色い花には明らかにマメ科の特徴があって、その葉は細く尖って棘状であった。薄紅色の花はというと何種類かあるようだったが、いずれもブルーベリーに似た壺状の可愛い花を着けていて、ツツジ科のようだった。
ふと思った。「これは、いわゆる『ヒース』ではないだろうか?」
サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の景観は美しい。 |
巡礼路の脇に、ヒースの灌木林が広がる。カルーナ・ブルガリスの薄紅色の花やハリエニシダの黄色い花が咲いていた。 |
ヒース(heath)とは、イングランド北部やアイルランドの痩せた土地に広く見られる、ツツジ科植物が優占する矮生の低木林を指す。
帰国後、写真を手がかりに調べてみた。薄紅色の花のひとつはツツジ科の「カルーナ・ブルガリス」といい、ヒース植生の代表とされる植物であった。ほかの薄紅色の花はおそらく「エリカ・キネレア」や「ダボエキア・カンタブリカ」、やはりツツジ科である。マメ科とおぼしき黄色い花は、ハリエニシダの仲間。ヒースは学術的には「カルーナ属、エリカ属、ダボエキア属などのツツジ科植物が優占しハリエニシダを交える灌木林」とされるという。巡礼路の灌木林は、正真正銘のヒースであった。
「ヒースってもっと北のものだと思ってた」と妻が言った。読書家の彼女にとって、ヒースは『嵐が丘』の荒野の情景だという。シャーロック・ホームズの愛読者であった私も『バスカヴィル家の犬』の舞台、ダートムーアの風景を思い出す。私たちには、イギリス文学の先入観があった。実際は、ヒースは欧州の大西洋沿岸地域に広く分布し、北はスカンジナビア半島から南は地中海沿岸のモロッコにまで至るという。イベリア半島では北西部のガリシア地方に多いという。まさにサンティアゴ巡礼路に沿ったこの地域だ。
面白くなって、さらに文献を漁る。
現在見られるヒースの広がりは、実は人の営みがもたらしたものだという。もともと冷涼な気候、貧栄養な土壌に成立するヒース植生は、最終氷期にはイベリア半島に広く分布し、優占的な植生だったらしい。しかし氷期が終わり気候が温暖になると、徐々に森林が拡大してヒースは縮小した。欧州の各地で同じように、ヒースは森林に置き換わっていった。ところが今からおよそ4,000年前から、ヒースは再び拡大を始めた。人間が行なった森林伐採や、火入れ、放牧がヒースを繁茂させたと考えられている。こうして欧州で、再びヒースは優占した。
ところがいま、ヒースが衰退の一途を辿っているという。伝統的な土地利用が失われ、野火の抑制、集約的農業への転換、有用樹種の植林などによってヒースは生育場所を失っているのだ。ヒースはさまざまな動植物の生息場所となり、高い生物多様性を保有する生態系である。いま欧州では、火入れなどヒースの保全管理の取り組みがなされている。古来から人の営みが育んできた生物多様性が消えつつある。それはどこか、日本の里山と似ている。
いまは路傍や植林地の脇に押しやられた、巡礼路のヒース。しかし、ときに広く繁茂して丘を鮮やかに彩る広がりも、確かに残っていた。中世の昔、あの丘は一面のヒースに覆われていたのだろうか。薄紅色や黄色の花に鮮やかに彩られた巡礼の道を、人々は旅していったのだろうか。
時が止まったような古びた村の景観、朝靄に浮かぶ教会やサンティアゴの荘厳な大聖堂、そして旅で出会った人々の思い出とともに、私たちはヒースの花の姿を心に刻んだ。
ヒースの代表種。上から「ダボエキア・カンタブリカ」、「エリカ・キネレア」、「カルーナ・ブルガリス」、そしてハリエニシダの仲間。 |
村の教会が朝靄に浮かぶ |
(受講生の修了作品 2)
有機農業と、農家のいま
―「有機」の世界では、人の想いが味になる―
有機農業と、農家のいま
腰塚安菜
風が冷たくなって、秋から冬の予感すら感じる今日この頃、旬の人参、大根、里芋、サツマイモが店頭に、美味しい根菜料理が食卓に並ぶ。千葉県北総台地のほぼ中央に位置する富里市の有機栽培農場、越川ファームを訪ねた。
代表・越川高志さんは30代で有機農業歴18年。「有機JAS」の認証も無かった父親の世代を経て、自分の世代からもまた、近年の有機農産物への見方や評価に変化を感じていると話す。
風向きの変化は、3年ほど前から。国としての環境保全型農業の推進、オーガニック・エコ農産物への消費者ニーズで、有機農業へ関心が高まる今、売り手である取引先や、買い手である消費者に、作り手の想いは伝わっているのだろうか。
左から、農業組合法人「丸和」堤博明さん、越川ファーム 越川義雄さん、越川高志さん
土づくりからが「有機」。規格外は当たり前
「有機」の付加価値がもてはやされる時代でも、そのお墨付きだけで売れる、とは言い難い。年間を通して作付けする25品目の作物ごとのケアはもちろん、日照不足や台風などの天候の影響をどうカバーするかが課題だ。「有機」の世界ではさらに、慣行栽培で当たり前にやっている土壌の消毒などを行わない。そこで、土づくり(堆肥)に力を入れてきた。
農場内の堆肥場には、農薬や化学肥料に頼らない有機栽培ならではの工夫や知恵が、そこかしこに施されていた。
「うちは、堆肥は馬糞主体だけど、他の人は鶏糞、豚糞、緑肥を入れたり。そうすると、作物の味もみんな違う。」落花生の天日干しを積み上げ、藁の傘をかけた「らっかぼっち」が冬の風物詩である、冨里ならではの堆肥作物の力も借りながら、空気を噴出させた堆肥場で、堆肥の質の向上に気を配る。
ただし、こうした土づくりの努力が効かない作物も作付けをする。
「お客さんは知らないけれど、マニュアルみたいなものはないので、失敗しながら(作物が)できてきた。」越川さんは、有機栽培では難しいと言われる「ヤマトイモ」を例に挙げた。トライアル&エラーを繰り返すこと5年。土をダメにするリスクと戦った結果、昨年は「大外れ」だったが、今年はなんとか生き残った「奇跡のヤマトイモ」を収穫でき、ようやく、大手小売企業へ売りの見通しがついた。
越川ファームの他、地域の有機栽培農家5軒が所属する農業組合法人「丸和」の堤博明さんにも話を聞いた。
作り手の想いや野菜の美味しさを伝える工夫として、店頭でのアイキャッチとなるパッケージ・包装資材にもこだわる。他に、売れ行きを左右するポイントは何なのか。
「有機の農産物は、契約栽培が基本。昨今の「オーガニック」への注目度の高まりを受けて、今まで生協や宅配業者とうまくやってきたが、今度はスーパーでも売れるようになって来た。」
堤さんの戦略は、多くの量販店と提携し産地に強い組織をつくること、そしてそれぞれの提携先との交渉や提案で、上手く付き合っていくこと。販売先への安定供給は、季節ごとに行う価格と数量の調整の賜物だ。
冨里は元々、人参の名産地。これからが旬の葉付き人参を抜いて生育を確かめ、「まだまだ(小さい)」と越川さん。
新規就農者、バイヤー、消費者との“想い”のギャップ
量販店、消費者の有機野菜へニーズが高まる一方、有機栽培の難しさと向き合う生産者の立場からは、新たな挑戦者に対して厳しい目を向ける。「スローライフ」や「オーガニック」から「有機」の世界に入る新規就農者に、草取りなどの手作業が多いという実態が理解されていないことは、越川ファームの求人への応募者の反応からも伝わるという。
「(有機農産物に)興味が増えているという感覚は、ここ10年感じる。でも、(新規就農者は)マネをしようとは思わないんですよね。」
昔は生産者を訪ねて回っていたが、近年は生産現場に足を運ばなくなったというバイヤーの責任も大きい。「残念ながら、現場で片づけちゃう時代なんで。バイヤーがもっと現場を歩いていれば、生産者寄りの考え方が出来る。生産現場の気持ちに立てないと、日本の農業は危ういと思う。」
作り手、売り手のコミュニケーションが不足し、買い手の消費者にとって「安全」や「安心」は当たり前となってしまった今、最後の砦である「おいしさ」が売れ行きを左右する。しかし「オーガニック」という言葉のブームの裏でおいしさを生みだす新風に、消費者の目線はまだ遠い。一方で食への問題意識は向上し、「(オーガニックと)遺伝子組み換えとの関係は」といった新しい問い合わせも飛び出す時代。ますます作り手・売り手・買い手の相互理解と、現場の想いを伝える重要性が増すだろう。
風向きはまだ不安定でも、有機農業の現場に、確実に風は吹いている。
同じく地域で「第二世代」の有機農家・市川さんが出荷へ向かうところで立話。
「設備投資とか、戦略も考えていかないと」と笑う若手二人。
(受講生の修了作品 3)
雪国に消えゆくユリの物語
大曽根陽子
梅⾬時に花期を迎えるヒメサユリ
草原が霧⾬に煙っている。ふと⽬をあげると、⼣闇に淡いピンク⾊のユリがぽつりぽつりと浮かびあがって⾒える。湿気をたっぷり含んだ夜気には、⽉桃に似た⽢い花の⾹りが混じっている。
福島県・奥会津地⽅の只⾒町。ここ数年、私たちはこの町で「ヒメサユリ」の調査をしている。開花は梅⾬の始まる頃。梅⾬寒の中、⾬に濡れ、滑る⾜場に気をとられながら⾏う調査はひどく消耗する。それでも、このユリが折々に⾒せてくれる姿は、疲れ切った私たちが息をのんで⽴ち尽くしてしまうほどに美しい。
⽇本はユリ⼤国である。世界に約100 種あるユリのうち、15 種が⾃⽣する。いずれも姿や⾹りに特徴があり、世界で流通する園芸品種の多くが⽇本のユリの⾎を引いているといわれている。なかでも、オリエンタルハイブリッドと呼ばれるひときわ華やかな系統を⽣み出したグループがある。ヤマユリ亜属のユリたちである。カサブランカの原種となったヤマユリやタモトユリ、⽴ち姿も優雅なササユリ。その錚々たる顔ぶれの中に紛れ込んだ⼩ぶりの儚げなユリ。それがヒメサユリだ。絶滅危惧種で、なぜか⽇本でも豪雪地帯のごく狭い範囲にしか分布しない。
私たちはこの変わりダネのユリに惹かれ、その⽣態を調べはじめた。調査地に選んだのが只⾒町。ここだけで、2000 以上もの個体を有する⽇本最⼤の⾃⽣地だ。なぜこの町にはヒメサユリが多いのだろう。その謎が解ければ、絶滅危惧種であるこのユリを保全する⼿⽴ても⾒つかるかもしれない。
雪が作り出す崖。 写真の中央でちょうど調査をしている。
ヒメサユリは⼀般に「⾼嶺の花」だと思われている。有名な⾃⽣地といえば、ここ奥会津の浅草岳や、飯豊連峰・吾妻連峰など宮城県、福島県、新潟県、⼭形県の県境付近の⼭々。こうした豪雪地域の⼭頂には初夏まで雪に閉ざされた草原があり、そこがヒメサユリのすみかとなっているからだ。
ところが、只⾒ではわざわざ⼭に登らずとも⾃然のヒメサユリが⾒られる。花の季節なら、町のいたるところにある切り⽴った崖の上を丹念に眺めればいい。
⾵にゆれるピンクの花が⾒つかるはずだ。こうした崖は、深く積もった雪が⼭の斜⾯を削り取ってできたもので、やはり豪雪地特有の地形である。
雪深い⼭上の草原と町内の崖。
⼀⾒まったく違う⼆つの⽣育地だが、実は⼤きな共通点がある。いずれも深く積もった雪が、背の⾼い植物の⽣育を妨げたり、⼭の斜⾯を削ったりして、明るい草地が維持されている。野⽣のヒメサユリの背丈はせいぜい60 ㎝。⼤型の植物が繁茂する場所では、とても⽣きていけない。ヒメサユリはあえて他の植物があまり⽣育しない雪深い草原や切り⽴った崖などの厳しい環境を⽣育地とし、競争を避ける道を選んだようだ。
「ヒメサユリは雪が作った地形を好む。」
町でヒメサユリの個体調査をしている「只⾒の⾃然に学ぶ会」のT さんは、ヒメサユリの⽣育地をこう表現する。⾔い得て妙だ。実際、こうした⾃然環境はヒメサユリによく合っているようで、私たちが調べたところ、この⼆つの⽣育地ではヒメサユリはゆっくりではあるけれど確実に成⻑し、⼦孫を残している。只⾒が「⽇本最⼤の⾃⽣地」であるのはこうした⾃然環境にひときわ恵まれているからに違いない。
ヒメサユリにはもう⼀つの姿がある。いや、「あった」と⾔ったほうがよい。
⾥⼭植物としての姿だ。明るい環境を好むヒメサユリは、かつて、牧草地や萱場など⼈間が作り出した草地にもたくさん咲いていたらしい。町内のお年寄りは「⼦供の頃は裏⼭にたくさんヒメサユリが咲いていた。花の時期には⼀抱えも切ってきて家に飾った」と話してくれた。しかし、戦後のエネルギー⾰命以降、⽇本の農村では伝統的な⼟地利⽤が衰退した。只⾒でも⾥⼭はスギ林などに代わり、⾥⼭をすみかとしていたヒメサユリも消えた。
現在、⾥⼭植物としてのヒメサユリは各地で危機的な状況だ。
昨年、私たちは只⾒での調査を終えたその⾜で、新潟県村上市の笹川流れに向かった。ここは、ヒメサユリとしては珍しい沿岸域の⽣育地で、⼀度、海辺に⽣きるヒメサユリを⾒てみたかったのだ。しかし、かつてヒメサユリがいたという海岸沿いの雑⽊林に、その姿はなかった。たまたま通りかかった集落の⼈に話を聞くと「以前はずいぶん咲いていたが、最近は全く⾒ない」という答えが返ってきた。「間に合わなかった。」無念の思いが胸に広がった。
喜多⽅市、南会津町など、定期的な草刈りや⽕⼊れで⾥⼭のヒメサユリを保全している群⽣地にも⾜を運んだ。いずれも、⼈の⼿で⼗分に管理されているせいか、野⽣のヒメサユリよりも⼀回りも⼆回りも⼤きい個体が密集し、⾒事な⼤群⽣をなしている。普段、儚げな姿を⾒慣れている私たちはその華やかさに⽬を瞠った。しかし、もう少しよく⾒てみようと花に⼿を伸ばした途端、近くに⽴っていた監視員に鋭く制⽌された。聞けば、病害⾍に弱く、時々⼤きな被害がでるので⽤⼼しているのだという。どちらも周囲に他のヒメサユリの⽣育地がない孤⽴した群⽣地だ。⼀度、絶やしてしまえば、⾃然に再⽣するのは難しいだろう。
「ここは⽊を伐ったら⾃然にヒメサユリが⽣えてきた場所。」
ある⽇、「学ぶ会」のW さんが、そう⾔って連れてきてくれたのは町を⾒下ろす⾼台だ。森が開かれ草地になったその場所には、かなりの数のヒメサユリが咲いていた。
この⾼台の背後に続く⼭はヒメサユリの⾃育地になっている。どうやら、そこから種⼦が⾶んできて、⾃然に定着したようだ。そう考えた時、ふと⾥⼭ヒメサユリ再⽣の⽷⼝が⾒えたような気がした。「⾃然環境との連続性」そんな⾔葉が思い浮かぶ。
ヒメサユリの⾃⽣環境に抱かれた只⾒なら、初夏の集落にこのユリが⾊を添える⾵景を取り戻すことができるかもしれない。
ヒメサユリが⾃然に再⽣した⾼台。かつての⾥⼭はこんな景⾊だったのだろうか
作品についての講評
<講評入る>
連続講座全体についての講評
(当会会員:滝川 徹)
日本環境ジャーナリストの会が主催した連続講座「ジャーナリストの選ぶ、調べる、伝える技術」が9月23日から11月9日まで開かれた。所用で半分程度しか出席できなかったのは残念だったが、環境問題に取り組み、熱心に伝えようとしている各講師の体験に基づいた話は私自身大変勉強になった。受講者は大学院生など若い人が多く、熱心な質問が寄せられていた。
朝日新聞編集委員の竹内敬二さんは「環境学、環境報道の考え方とチェルノブイリ取材30年」と題して講演。環境報道について「かつては過剰開発、公害が主だったが1990年ごろから地球環境問題が主となった」と話し、国際的視点の大事さと欧米との価値観の違いを具体的に説明した。環境記者として、将来問題になる新しいことを書けるかどうかが一番の課題と指摘。そのためにはEUで議論されていることは将来、世界に広がることが多いとして、▽国際会議でサイドイベントなどに注目すると5年後、10年後の動きが見えてくる▽外国語に強くなること。基本的なインタビュー英語を身に着けると役に立つ▽海外との人的ネットワークをつくることで多くの情報にアプローチできる――とアドバイスした。さらに、1つのことを掘り下げることが重要。(役所の発表に頼らず)深く知ることで環境記者としての自分を“差別化”できる、と指摘した。
また、ほぼ5年ごとに現地で定点観測しているチェルノブイリ原発事故(1986年発生)については、「『原発の大事故は起きる』とのチェルノブイリの教訓が生かされず、『フクシマ』が起きてしまった。そして『フクシマの教訓』も無視されようとしている」と日本の原発政策を厳しく批判した。チェルノブイリでは30年目の今年11月になって石棺が巨大シェルターによって覆われたが、事故原子炉の処理にはこれから50年、100年単位の時間がかかる。現地では「30年経って汚染が減ったから補償を減らす」と言うのに対し、住民は「何も改善されていないのに一方的」と怒っている。日本でも同じ、「除染が進んだから帰りなさい、お金は打ち切るよ」。でも戻ろうと考えている避難住民は一部に過ぎない。
〈その後の12月9日、経済産業省は東京電力福島第一原発事故の処理費総額が21.5兆円になるとの試算を発表、その一部を電気料金に上乗せしたり税金投入で賄おうとしている。13年に想定した額の11兆円がわずか3年で倍増したことになる。溶けた核燃料(燃料デブリ)の処理にチェルノブイリと同等かそれ以上の時間がかかるのは必至だし、最終的に2200万㎥にもなる除染汚染土などは「中間貯蔵施設に保管し、30年後に福島県外で処分する」というが、“県外”のどこが受け入れるのだろうか〉
竹内さんは以前から、①原発を減らす②再生可能エネルギーを増やす③電力自由化を進める――ことが必要と論陣を張ってきた。ここ数年で世界の原発政策は大きく変わろうとしているとして、「多様なニュースソースを持つことで、高速増殖原型炉『もんじゅ』を廃炉にした後も『後継炉を開発して核燃料サイクルを維持する』という政府方針はありえない、と書くことができる」と締めくくった。
一方、「♪鳥くん」の講義と葛西臨海公園での野鳥観察は実践的で楽しかった。♪鳥くんは元ミュージシャンでプロのバードウオッチャー。さかなクンほどの知名度はまだないが、野鳥観察のプロとしての矜持と知識には感心させられた。連続講座唯一のフィールドワークだった葛西臨海公園での野鳥観察は、東京湾に面した鳥類園ゾーンを双眼鏡片手に一緒に歩き、数時間で見たり声を聞いたりした野鳥は21種類(エゾビタキ、カワセミ、オオセグロカモメ、クチブトカラス…など)にもなった。
さらに、NHKエンタープライズの村田真一エグゼクティブプロデューサーの「生物多様性を撮る。アマゾン・里山・ホットスポット」と題して、多様な生態系を美しく迫力ある映像で見せてくれた。生き物が好きで、自然を映像で表現する仕事に入ったという村田さんは里山の映像を見せながら、「カメラマンの星野道夫さん(1996年、カムチャッカ半島でヒグマに襲われ死亡)と一緒に仕事をする中できれいな、珍しい生き物ではなく、生態系や生物多様性を考えるようになった」と振り返った。
テーマを選ぶ基準の1つが社会性だという。自然番組といえ社会とのかかわり、世界の動きと無関係ではないのだ。もう1つはスクープ性で、世界初などサムスイングニュー(何か新しいもの)を目指している。それまでの自然ドキュメンタリーには人間が登場しなかったが、村田さんが世に送り出した琵琶湖畔やクヌギ林など里山の映像では、人間の営みと自然(野生生物)との共存した姿を映し出している。そのために、「虫の目レンズ」を新しく開発して昆虫などの目線を実現したほか、定点観測したり、長時間の現象を短時間で見せられるコマ撮りという手法を駆使するなど、技術の大切さも訴えた。
誰でも簡単に発信できるネット社会に入った今、ジャーナリストの役割はより重くなっているのではないか。この連続講座で受講者たちは講師の記者たちの環境への思いとそれを伝えるための懸命な努力をしっかりと感じたに違いない。
2014秋開催「環境ジャーナリスト講座」開催要旨
【以下、開催要旨を残します】
環境問題を追いかける第一線のジャーナリストが参加する「日本環境ジャーナリストの会」 は、この秋、環境ジャーナリスト講座を開催します。自然のすばらしさや保護の必要性を伝えたい。グローバルな地球環境問題に警鐘を鳴らしたい。企業の環境 保護活動を社会に伝えたい。そんな時に必要となる「実践的な取材」「伝える技術」を講義、演習を通じて学べる総合的な講座です。取材経験の豊富なジャーナ リストが講師を務めます。楽しく学びながら、あなたも環境ジャーナリストとしての第一歩をスタートしませんか?
主催:日本環境ジャーナリストの会
協力:一般財団法人 地球・人間環境フォーラム
地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)
チラシPDFがダウンロードできます。
【講義】
09/17 |
環境ジャーナリズムへの招待(総論) |
朝日新聞編集委員 竹内 敬二 |
09/24 |
科学の目で伝える環境 |
毎日新聞科学環境部編集委員 田中 泰義 |
10/01 |
現場取材の技術 |
読売新聞編集委員 佐藤 淳 |
10/08 |
映像メディアで伝える |
NHKプロデューサー 堅達 京子 |
10/15 |
尾瀬と自然保護の歩み(フィールドワークの準備講座) |
日本自然保護協会 横山 隆一 |
10/22 |
2足のわらじで書く |
博報堂/ジャーナリスト 水口 哲 |
10/29 |
出版メディアの伝え方 |
山と溪谷社 岡山 泰史ダイヤモンド社 大曽根 薫 |
11/05 |
食と農を伝える |
日本農業新聞記者 金 哲洙 |
11/12 |
フリーライターの生き残り戦略 |
フリーランス 芦崎 治 |
11/19 |
編集で見せる、読ませる |
集英社インターナショナル 高田 功 |
11/26 |
実践的、記事作成講座(まとめ) |
複数の講師による作品の合評 |
*全回出席者には修了書を発行します。
日時:上記の日程で毎週水曜日、18:30~20:30
参加費用:会場にていただきます。
一般:11 回分一括払い 16,500円(1,500円/ 回)
1講座毎受講の場合 2,000円/ 回
日本環境ジャーナリストの会会員:500円/ 回
*お申し込み多数の場合、先着順となります。定員を超えた場合はご連絡を差し上げます。
定員:9/17:90名,9/24~11/26:各回40名
*フィールドワーク(下記の「演習」)費用は別途かかります。
*領収書がご入用の方は受付でお知らせください。
会場:
地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-70 国連大学1F
JR渋谷駅東口 または 東京メトロ表参道B2 出口利用
FAX :03-5825-9737,E-mail:jfej.seminar@gmail.com
*セミナーの模様を、当会のホームページ等に掲載することがございますので、ご了承ください。
お問合せ先:TEL:03-5825-9735(一般財団法人 地球・人間環境フォーラム)
【演習】横山隆一さん(日本自然保護協会)と歩く! 尾瀬から見る自然保護運動の歴史体験ツアー
10/18(土)~19(日)
日本の自然保護運動は尾瀬からはじまったと言われています。古くは水力発電用のダム計画によって尾瀬ヶ原が水没の危機にさらされ、尾瀬沼は水位を上げ太平 洋側に取水されてきました。その後も縦貫する県道開発の中断、オーバーユース問題とゴミ持ち帰り運動やマイカー規制、木道とその管理問題、排水パイプライ ン設置問題などで注目され、最近ではクマによる人身事故やシカの食害問題に加え、放射能汚染も危惧されています。この尾瀬を歩くこと(今回は尾瀬沼エリ ア)は、日本の自然保護運動の歴史を概観し、体感する絶好の機会といえます。快適な山小屋に一泊しながら、たっぷりとお話を聞く時間を設け、時間的にも体 力的にも余裕ある計画です。健脚自慢でない方でもぜひご参加ください。
日程(予定)
10/18(土)
東京発~群馬県片品村の大清水まではバスで移動(約4 時間)。
大清水小屋の笠原吉雄さんに、ショートインタビュー。
大清水~一ノ瀬休憩所~岩清水~三平峠~尾瀬沼までゆっくり歩いて約3時間。
尾瀬沼ヒュッテ宿泊。夜は小屋の支配人から尾瀬の歴史インタビュー。
10/19(日)
大江湿原~尾瀬沼~三平峠~一ノ瀬~(旧道経由)~大清水(徒歩で約2時間)。
その後、大清水からバスで帰京。
*料金、交通、申込方法等の詳細は後日、本サイト(http://www.jfej.org/)にて発表。
横山 隆一 氏
1958年生まれ。生粋のコンサベーショニスト(保全活動家)として長く活躍。白神山地(青森・秋田県)や白保(沖縄・石垣島)、赤谷の森(群馬県)といった貴重 な自然を開発の荒波から守ってきただけではなく、自然保護地域の拡大や日本最大の自然保護団体の企画運営にも直接関わり、日本の自然保護運動の歴史や転換 点を現場で体験されています。